七尾旅人“911ファンタジア”を頑張ってみる
“911ファンタジア”の他Discについてのエントリ
2枚目:七尾旅人“911ファンタジア”を頑張ってみる Disc 2
3枚目:七尾旅人“911ファンタジア”を頑張ってみる Disc 3
最近新しい音楽を聴く機会がなくて人生枯れ気味でござる、の巻
家にある音楽のうち、大抵が「最初から魅力が分からない」あるいは「魅力を見出したけど飽きた、再発見したけどさすがに飽きた」状態になってきたので、何となく「そろそろ新しいのを聴きたいなー」とか思うようになってきた。
しかし、MuzieとかMySpaceとかを片っ端から回る気も起きず、Last.fmやらmixiミュージックやらを当てにしてみても「七尾旅人と言えば中村一義、モーサム」「神門と言えばSEEDA」とかいう素っ頓狂さだし(SEEDAはMic Storyと他数曲くらいしか知らないけど、その限りではまるで魅力を感じないMCであった)、適当に買えば当然のように大ハズレばかり引くし、好きなミュージシャン好きの好みを見てもLast.fmとかと大差ないしで、多分かなりのところ俺に原因があるとは言え決定的な袋小路状態で、次の一歩の踏み出し先がない状態が続いている。
ので、何とか家にある音楽のいくつかを、殆ど味のなくなったガムを噛むように聴いている……がさすがに限界。
咀嚼し切れていない名盤、七尾旅人の“911ファンタジア”を頑張って噛んでみる
ただ、その中でも、比較的咀嚼しきれていないアルバムというのがあって、特に七尾旅人の“ヘヴンリィ・パンク:アダージョ”と“911ファンタジア”がそう。前者は単純に聴き込みが足りないんだけど、後者はそれ以上に俺の咀嚼力(アルバムの前提になっている知識や認識、あと単に思考力とか理解力)が残念なレベルであるというのが大きい。
どちらも聴き込み甲斐は多分あるんだけど、そのことをここに書くとしたら(書いてどうするってのは置いておいて)、“911ファンタジア”かなぁ、と思い、なんとか噛んでみることにした。
文字にすれば何が足りなくて噛み切れてないかも分かるかも、という期待も込みで。
ちょっと“911ファンタジア”について
- アーティスト: 七尾旅人
- 出版社/メーカー: HEARTFAST
- 発売日: 2007/09/11
- メディア: CD
- 購入: 3人 クリック: 83回
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といっても、純粋に音楽アルバムというよりは、二人の主要登場人物の会話を軸に進行するミュージカルっぽいドラマCDとしての色合いが強い。
それだけに、「七尾旅人の音楽をガッツリ堪能したい!」という欲求のある人(てか俺もそうだけど)には評判が良くないこともあるけど、要所要所に挟まる楽曲群はやはりさすがの七尾旅人印で(ちょっと緩いけど)、音楽の割合は少ないけど十分に楽しめる名盤、だと思う。
内容はタイトルにある通り、2001年9月11日のあの事件について。50年後の世界で七尾旅人演じる老人が孫に語って聞かせるという回想形式で話が繰り広げられる。
んでは、聴き始めようかな
ちなみに、先日の部屋整理で歌詞カード(どころか一番外側の紙ケースを除く全て)がどっか行ってしまった、という重大なハンデ付き。聴き間違えたらスマソとしか言いようがない……orz
1枚目、1曲目“「お話してよ」”
「ねぇ、おじいちゃん。だったらさ、なんかお話してよ。お話!」
「いいともさ。じゃあ、お月様の話でもするか」
子供が「おじいちゃん」にお話をせがみ、(七尾旅人演じる)おじいちゃんがお月様の話を始める、ほぼ純粋な会話パート。ただし、一部BGMに、1stアルバムより“最低なれピンクパンク...!”が使用されている。
2001年9月11日の話が始まると思ったら、「このジジイが生まれるよりも昔」、1969年の月面着陸の話が始まってちょっとビックリしたのは良い思い出。
1枚目、2曲目“荒野”
僕は彼らにこう尋ねる。
「どこに行くつもりだい? こんなに居心地の良い場所を離れて」
彼らはこう答える。
「荒野」
お月様の話。
荘厳なストリングスとマシンビートからなるトラックに、七尾旅人が語り8:歌2くらいの割合で乗っかる楽曲。語りが多いとはいえ、これ単独で十分聴ける上にアルバムの始まりにふさわしい名曲。
月面着陸の話を中心に、1969年辺りのいくつかの出来事、動きを通して、この時代に存在した幻(ファンタジー?)について(功罪含めて語りつつ、比較的肯定的に?)取り上げている、んだと思う。多分。
現実にしたいと願う壮大な幻=荒野、で合ってる、よね……?
月面着陸捏造の話が挟まるのが物凄く余計に感じるけど、月面着陸したかどうか、という事実よりも、月面着陸するという夢、したという幻の方が重要だった、みたいなことを表現したいのかなー、とか思った。
……ほら理解力が追いつかなくなってきたorz
1枚目、3曲目“「もっとお話してよ」”
「60年代の終わり、月面着陸の頃。お月様は、いつも通り静かじゃった。
だが、地球は騒々しかった。泥沼のような戦いが続いていたのじゃ。
しかしその時、まるで応じるかのようにして、世界中で音楽の力がとても強まった」
「ワシはな、こういう祭が大嫌いじゃ。そこは、たくさんの嘘と幻で満ちていた。
じゃが、少しばかり羨ましくも思う。夢が夢であった、その頃の世界が」
またも語りパート。
“荒野”に続いて、1969年頃の話。“荒野”で語られた幻と「音楽」のリンクについて言及されている、はず。
911ファンタジアで語られる内容の一つに「七尾旅人が『音楽』について信じている力と、それが発揮されなかった未来(もちろん仮想)への失望」というのがあると思うんだけど、それだけ信じているはずの音楽の力の象徴的な出来事の話を「ワシは大嫌いじゃ」と始める旅人おじいさんはツンデレ。
あと、ここで「もっとお話してよ!」と孫にせがまれて、これ以降の内容を話し始めるおじいさんは正直どうかと思う。
1枚目、4曲目“いまのうち”
「私と行くならば、いまのうちね」
「急かしたくないけれど、飛行機が出てしまう」
突然挟まる、非・七尾旅人(女性)声にちょっとビックリな、軽やかで穏やかな楽曲。100%歌ではあるけど、七尾旅人は一切歌わない。
「私と行くならばいまのうちね」とのお誘いから「時間ね」とお別れの挨拶をするまで。次の曲との繋がりを考えれば、飛行機が意味するところまでは推測できるけど、それ以上の意味合いは3枚目に行くまで不明。
1枚目、5曲目“フォークロア911”
「おはよう」いつもの朝
飛行機は
ビルに向かって
いよいよ話は911へ。件の事件の瞬間を表現した抽象的な楽曲。
アメリカ国家を含むさまざまな音声やシーンが、切り刻まれてサンプリングされている
1枚目、6枚目“「グラウンド・ゼロ拡散」”
「奇妙な戦争の始まりじゃった。そこでの主役は兵士でも兵器でもなく、国でもなく、民たちでもない。
幻じゃった。
幻が、世界を覆っていた」
「その時、日本人は?」
「日本か。日本もまた、幻に包み込まれていった」
語りパート。
件の事件が起こって以降の動きが、具体的に、また抽象的に語られる。
テロに至る因果、その後の戦争、一連の流れに対する日本人(他、世界中の人々?)の現実感に欠けた認識、といった妥当な流れの話から、日本の敗戦時(原爆投下時?)に生まれた「日本のグラウンド・ゼロ」、「空ろ」、「幻」の話まで、一気に飛躍する。
1969年について語った「幻」と、ここで広がり始めたという「幻」は、異質とも同質とも言えそう。よく分かってないのかな、俺。
ここで、日本のグラウンドゼロでくすぶっていたものが強くなり始め、隠れていた日本人が片目を開ける、と言われているのは、後に3枚目くらいで語られる内容も合わせると
- 日本は(憲法九条を始めとする)より理想的な(と信じる)平和という幻を抱いていたが、
- 同時に敗戦以来、「もっと(武)力があれば……」という現在一般的な平和の実現という幻もくすぶっていて、
- (ひょっとしたらそこには戦争への希求も含まれていて、)
- 911以来の出来事をきっかけに、後者への欲求が具現化し始めた
ということかなぁ、と考えているんだけど、さすがに浅すぎ?
1枚目、7曲目“スリーピング・ジャパン”
私たちを生かしたものが 息絶え絶えで横たわっている
(礼)
まどろんで まどろんでいるよ
眠らるこの国に陽の光を
氷柱よ、そろそろ溶けてしまえ
前曲“「グラウンド・ゼロ拡散」”にて、「片目を開けた」と表現された日本の、まさにその様を抽象的に表現したと思われる和風の楽曲。異様な緊張感の伴うなかなかの良曲。
「私たちを生かしたもの」が実はイマイチよく分かってない……。
2枚目、へ続く……
2枚目はまた別エントリにしよう、と何となく思い立ってここで終了。
1枚目が比較的分かり易く、次が3枚目、一番分かりづらいのが2枚目、と思っていたのに、1枚目がこのザマでは……。
“911ファンタジア”の他Discについてのエントリ
2枚目:七尾旅人“911ファンタジア”を頑張ってみる Disc 2
3枚目:七尾旅人“911ファンタジア”を頑張ってみる Disc 3