レスラー(The Wrestler)(2008)

【090/100】申し訳ないけどブラックスワンの話じゃない。今さらレスラー観たその感想。

レスラー スペシャル・エディション [DVD]

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スターとしての全盛期を過ぎてなおプロレスに縋り続けるレスラー「ザ・ラム」ことランディを追う、ドキュメンタリーっぽい映画。
実生活が厳しくとも、自分を受け入れてくれるプロレス業界に全てを捧げてきたランディが、無理が祟ってプロレス引退に追い込まれる。日常生活の修復を図るも全てが失敗に終わる。何もかもなくしたランディは、受けたところで先のないのが明らかなビッグマッチの話を受け、試合に臨む。
生々しい映画だと思う。まず実生活の痛々しさが生々しい。ランディは器用でないばかりか善良でもなく、こいつが不幸になったら嫌だなぁと思わされるような人物ではない。それでも、不運や勘違いがランディを空転させ続ける様は、胸に来る。俺曰く、
「おいおい商売でやってんだよ馬鹿割り込むな割り込むな馬鹿あーやっちまったこの馬鹿!」
「今時ファミコンとかないわー見ろよ子供CoD知ってんじゃんって聞こえてないのかよってか知らないのかよ確かに歳だけどあーほら愛想尽かされたよ馬鹿ー」
「酒飲んで大丈夫か寝て大丈夫か今日土曜日じゃないのか違うか大丈夫か大丈夫かほらやっぱ土曜日じゃねーか馬鹿! せっかくヨリが戻りかけてたのにこの、馬鹿!」
「あー何調子乗ってんだよ微妙だけど脈なかったじゃんほら駄目だったっておい何逆ギレしてんだよ馬鹿暴言やめろ馬鹿何言ってんだ馬鹿ってもうあああー!」
万事そんな調子。例え馬鹿でも悪気のない人が痛い目見るのはやっぱアレだし、そんなのを何度も見せられれば感情移入だってしちゃうってもんだ。
一方でプロレス。こちらも描写こそ生々しいが、その世界はランディにとってむしろ甘いものだっただろう。だからやめられない。少なくても客は沸いてくれるし、若く優れたレスラーたちもランディには敬意を払ってくれる。ランディも客に感謝してるし、若手レスラーに敬意を払う。だから、隠し持ったカッターで傷の演出もすれば、老いて初体験のホッチキス攻撃も受ければ、無茶な薬服用も厭わない。試合内容を話し合うシーンにも非難や暴露の色はなく、そうした空気とリアリティの演出の一環に過ぎないように見えた。流血もある試合内容は筋書きがあろうが関係なく生々しい迫力があり、老いのためか多少動きが精彩を欠いても十分魅力的だ。
最後のビッグマッチの最中、駆けつけたキャシディが心配した通りランディは心臓に異常をきたす。異常に気付いた敵レスラーのアヤトッラーは、ランディが最小の動きで試合を終わらせられるよう試合を運ぼうとするが、ランディは客が望む必殺の「ラム・ジャム」を決めようと、ヨロヨロとコーナーへ向かう。止めようとするアヤトッラーに浴びせ蹴りで応え、コーナーに手を掛ける。
最後に、キャシディを見る。キャシディは爆弾を抱えたランディが見ていられず、逃げだしていた。やはり外の世界に居場所はなかった。ラム・ジャムとランディを見届けてくれるのはファンだけだ。その声に応えてロープ上にフラフラと立ち上がり、誇らしい笑顔で肘を示す。客と照明を背負った姿が最高に格好いい。そして、飛んだ。カメラはランディを追わない。歓声が強まった。しばらく経ち、しかし歓声は鳴り止んだり、どよめきに変わったりはしない。ランディの生死は分からないが、とにかくラム・ジャムは決まったのだ。多分、ランディもプロレスで生きたかったわけでもプロレスで死にたかったわけでもなくただラム・ジャムを決めたかったんだと思う、最後には。
エンディングテーマに入って映像のテンションが落ち着くと、手に汗握ってたのに気がついた。そりゃそうだ。何もなくて、今にも死にそうなどうしようもない駄目男が、最後にラム・ジャムを決められるかハラハラしてたんだから。
という感じの熱い映画。

余談

余談だけど、プロレスって見たことあるだろうか。俺は先輩に連れられて一度小規模の興行を見たことがある。ちょっと演出にお笑いっぽさがあって、そこはしっかり笑わせてもらった。それだけにシリアスな感じのテレビで見慣れたそれより演出色は強かったんだけど、実際目の前で見るとプロレスの技ってマジ半端ない。音だって体にぶつかってくるし、モニタ一枚取り払った現実の試合は迫力に溢れていた。
多分、プロレスにとって、それが格闘技的な意味でガチかどうかはそれほど重要じゃない。
他の人によるレスラー評を見ていると、裏事情の暴露シーンを殊更に取り上げて良し悪し語る人をちらほら見かけたので、ちょっと気になった。