BECK、音の話(引き続き映画は観てない)

■“EVOLUTION”だけ聴いた。

映画では、コユキは声無しだけど千葉は声ありらしい。前者を「原作に忠実」って言うなら後者も声なしにしないと片手落ちだよね! ……というのはさておき、その千葉ボーカル曲である“EVOLUTION”を聴ける動画がニコニコ動画にあったので、とりあえず聴いてみた。
おそらく、原作で言うところの“THE HUMAN FLY”に当たるんだろうと思うけど、個人的にはこれは結構良い線を行ってるんじゃないかと思った。

■その前に、原作の“EVOLUTION”はどんなんか

先述の通り、グレイトフルサウンドBECKが演奏したことがハッキリしている3曲のうち、千葉ボーカルのオリジナル曲(映画でいう“EVOLUTION”?)は、原作では“THE HUMAN FLY”というタイトルになっている。ちょっと今原作が手元にないので記憶頼りになるけど、原作では以下のような曲だということになっている。

  • ボーカルパートは千葉による(多分)ラップ
  • おそらく英詞(サブキャラの外国人がスムーズに歌詞内容を理解できていることから)
  • 「人間の哲学的進化」についての面白い詞、らしい
  • ギターがヘヴィなリフでベースがペキペキボォンボォン(多分)

3番目を除けば、原作において千葉ボーカルのBECKオリジナル曲は大体こんな描写なわけだけど、とりあえず“THE HUMAN FLY”はこういう曲だ。また、グレイトフルサウンドで実際にはもっとたくさん演奏されたであろう楽曲群の中から、作中に描写される3曲のうちの1曲としてピックアップされた“THE HUMAN FLY”が、BECKのレパートリーの中でハイライトになっているのは間違いないだろう。
作中で竜介がトム・モレロの奏法を模倣してみせるシーンがあったりしたことも合わせて、こういうハードであるらしい千葉ボーカル曲のモデルはRage Against The Machineっぽいように思ってた人が多いんじゃないだろうか。コユキのモデルがOasisリアム・ギャラガーだと言われることが多いのも、最初期においてコユキがリアムのような立ち格好で歌っていたことに端を発するように思う。
今ではやや古臭い印象のあるミクスチャーロック主体のバンドとしてBECKが設定されたのは、連載開始が1999年っていう時代の問題かと思う。LINKIN PARKが出てくるのももう少し後だし、当時はミクスチャーもありだった。多分。コユキがリアムだったのも似たようなものか。

■アニメの“EVOLUTION”はどんなんか

アニメ版では、“THE HUMAN FLY”に当たる曲が2曲存在する。実際に劇中で“THE HUMAN FLY”を演奏するべきシーンに使用された“brainstorm”と、“THE HUMAN FLY”をモデルに作られた楽曲であるらしい“by her”だ。
一般的にアニメ版“THE HUMAN FLY”として認識されているだろう“brainstorm”は以下のような曲だ。

  • ボーカルパートは千葉による歌(≠ラップ)
  • 英詞
  • なんかポジティブにいこうぜー的な歌詞だった記憶ががが
  • コードじゃかじゃかやってるオーソドックスなギターロックナンバー

「ライブで盛り上がる曲」という以外、何一つ原作の要素を考慮していないと思われる曲であった。「盛り上がる」と言っても御馴染みの曲だから盛り上がる的なレベルで、ガツンとくるような曲ではない。ポップだしね。ぶっちゃけわりとどうでもいい!(AA略
一方、“by her”は以下のような曲になっている。

  • ボーカルパートは千葉によるラップ
  • 日本語詞
  • 普通のHIPHOP的セルフボースト
  • ハードなリフ系、RATMっぽいと言えばぽい

こちらも詞の内容は原作の描写を微塵も踏まえていないものの、少なくともサウンド面では原作に対する一般的な(?)イメージに合わせて作られている。また、リリック・ラップともに本職によるものであるためか、少なくともスキル面ではそんなに悪くない。
ただ、こちらは作中ではほんの一瞬流れるのみ(流れたよね?)で、曲としてまともな形で聴くにはサントラを買うしかない。個人的にはこちらを本採用して欲しかったけど、実のところ曲の出来はともかくあまり大盛り上がりするような曲になっていない。千葉の歌声担当の声が軽く、RATM的なハード気味の演奏に合わないというのも関係あるかも知れない。結局、アニメではより「盛り上がる曲」として使えそうな“brainstorm”が使用された。
要するに、アニメ版の音楽担当は“THE HUMAN FLY”を作れなかった

■映画の“EVOLUTION”はどんなんか

で、映画版“THE HUMAN FLY”であるところの“EVOLUTION”は、以下のような曲になっていた。

  • ボーカルパートは千葉によるラップ
  • 日本語詞
  • 少なくとも1番は「人間の哲学的進化」についてっぽいことを歌っている
  • 「Guerilla Radioじゃねーかww」とよく言われているくらいで、モロRATM

どうよ、これ。
詞の内容が伴ったことで、“by her”以上に“THE HUMAN FLY”の構成要素を満たした楽曲が、実際に作中で使用された(らしい)わけだ。ラップは千葉役の役者(名前知らない)自らがやっており、ややガナリ気味な声も含めて「HIPHOPというよりはミクスチャーロックバンドっぽいラップ」としていちおう様になっている。
それより詞である。押韻や言葉選びなどスキル面ではアニメ版より数ランク落ちるものの、少なくとも1番の歌詞からは原作の表現に沿おうという意図が十分感じられる(2番はよくある啓発系歌詞止まり。“Fly”という単語をフィーチャーしてたくらいか)。日本語詞なのを気にする人がいるかも知れないけど、観客に歌詞内容を説明させとけば良かった原作とは違い音楽を聴かせるしかないんだからこれは仕方ない。それに「BECKの曲は英語詞が多い」なんて設定自体、BECKを「たまたま日本で生まれただけの洋楽バンド、洋楽の権化」として描き奉りたかった原作者の手によるクソどうでもいい代物にすぎないので俺は気にしない。アメリカ編に繋がる設定と言えなくもないけど、「英語詞でも『本当に盛り上がる』日本人観客」は描けるのに「日本語詞でも『本当に盛り上がる』外国人観客」は描けないなんてコンプレックス以外の何物でもない。切っていいんだこんな設定。
閑話休題。正直、原作で“THE HUMAN FLY”に対する「人間の哲学的進化って内容なんだ…面白い詩」って説明台詞を見た時は「歌詞そのものを書かなくて良いと思って無茶言ってんなー」と思ったもんで、“EVOLUTION”の1番を聴いた時はよくぞ形にしたと素直に肯定的に驚いた。「面白い詩」とは思わんかったけどねw
加えて、“EVOLUTION”は、ロックバンドの曲としてキッチリ「盛り上がりそうな曲」に仕上がってる。仮に現実にこの曲がリリースされても原作中の“THE HUMAN FLY”のように受け止められはしないだろうけど、フィクションの中では十分“THE HUMAN FLY”の役割を果たせる曲だと思う。

コユキの話

コユキの声が出ないのは原作者ハロルド作石氏の意向、らしい。具体的な言やその言に至る経緯は知らんけど、そうらしい。
何を守りたかったのか知らんけど、アニメBECKで一度形になってしまった「BECKの楽曲」や「コユキの声」は動画サイトなどに腐るほど上がってるので、「映像になったBECKを観たい」「コユキの声を聴いてみたい」と思うファンのそれなりに多くが既に聴いてしまっているはず。今更「2度目の具体化」を躊躇うことにどれほど意味があるんだか。別にアニメ観たからって原作の無駄に神々しく描かれたコユキが平林の声なんかで歌ったりせんよw(追記:どうやら「アニメ版のコユキの歌声に納得がいかなかった」ことが、声なし要請の原因らしい。ちょっと同情。でも全然関係ない人のやったことなんだから、映画を任せるスタッフくらい信じろよ……)
というのも踏まえて、俺は個人的には「“THE HUMAN FLY”をアニメ版より『らしく』形にしてくれた映画版音楽担当の手による“OUT OF THE HOLE”を是非、当然コユキの声ありで聴きたかったなぁ」と思った。千葉とは違い、相当特別な才能として描かれているコユキの声だから、さすがに佐藤何某の声そのままで良いとは思わないけど(歌えないわけじゃないのは知ってるけどね)、公開前後の無駄な宣伝の量を考えればオーディションくらいやれたと思うんよね、適当だけど。
アニメに続いて実写映画化も終わり、「コユキ」が形になる機会は失われたかなー、残念、まる。

■以下余談:俺の中のコユキ

BECKについて話す時、最も話題になるのが「コユキってどんな声」なのはほぼ疑いがないかと思う。また、それが形になる機会があるたびに「どうせ誰が歌っても納得しないんだろ?」的な言も見てきた。
という状況で「コユキの声が聴きたかった」と言う場合、自分の納得ラインを示しといた方が良い気がするのは俺だけじゃあるまい。

■1. リアムは無い

初期の歌い方がリアム・ギャラガーOasisそのものなもんで、コユキの声のモデルもリアムだろうと言う声は多い。ちなみに、映画BECKで使われているOasisの代表曲“Don't Look Back in Anger”を歌っているのはリアムじゃなくてサブボーカルのノエル・ギャラガーなので注意だ、って言うまでもないか……。
Oasisの魅力を語る時にリアム・ギャラガーのボーカルワークを挙げる声は多いし、特にその魅力を声であるとする向きは多いけど、ぶっちゃけリアムの声にそんな力は無いと俺は思う。いや、Oasis好きだけどね。リアムも好きだけどね。ただ、それはあのオールドスクールで何処かダルい楽曲群やサウンドにスタイルが合ってるってレベルであって、あれを聴いていきなり「神声!」と思う人は実際そんなに多くないと思う。知人にOasis聴かせても大体第一感想は「声が変」だし。あれはあくまでも構成要素の一つとしての魅力。
それに、最初こそリアムポーズで歌っていたコユキだけど、ギターを持ってステージで歌うようになってからの、半ば恍惚とした穏やかな表情での歌いっぷりは、同じロキノン系バンドでもどっちかというとRadioheadトム・ヨークっぽい。いや、トム・ヨーク声だとも思わんけどね。

■2. 羅列

他によく言われるのは、まぁ一般に技量が高いとされる人を挙げるケース。クラシックの三大○○だったりHR/HM畑のボーカルだったり。
ただ、多分これらも無い、と思う。よく知らんで言うけど。
クラシック畑の優れた声楽家は確かにいるけど、クラシック音楽の外で彼らが存分に技量を発揮すれば第一印象は十中八九「凄い」より「ああ、クラシックか」になるかと思う。先入観の先立つような色の付いたボーカルワークでは、実際どんなに凄くてもいきなり凄いとは思われないと思う。HR/HMも同様。後はまぁ演歌なんかも同様かな?
また、歌でない場面で注目されたり(叫び声でって演出はさすがにどうかと思ったけど)、ロクに歌ってなかったのにいきなり注目されたり、英語下手でも注目されたりしてる以上、達者な歌い回しも不要なはず。
で、結局のところ、一聴していきなり凄いと思われるってことは、凄く単純な意味で凄いはず。昔の人が磨いた青銅を鏡と呼んで有難がったりカラスが光物に興味を示すのと同じレベルの凄さ。
また、“People Get Ready”や“I've Got a Feeling”を独奏して別物のように聴かせたシーンのことも考えると、全うなロック・ブルース方面のボーカルの声はしていないんじゃないか。
思うに、多分、凄く高くて澄んだ声をしてるんじゃないか。
以前このことを話した知人は、コユキの声を三浦大知として捉えていると言っていた。澄んでるかはともかく高音域のボーカリストだったように記憶している。マンガ夜話で「高音系の澄んだ声」と言った人もいたらしい。やっぱ肯定的な意味で凄い声と捉えるような声ってそういう声が多いんじゃねー?と自信を新たにする次第d(r

■3. 具体的に

で、じゃあそんなボーカル知ってるのかと言われると、あんまり知らないんよね。
好きなボーカリストは何人もいるけど、色眼鏡抜きで一聴して驚くような人って言うと、Mewのヨーナス・ビエーレくらいか。“Frengers”の頃の。
というわけで、コユキの声がMewのヨーナスなら俺は納得です。
曲はMewじゃ全然駄目だけどね。装飾多くて耽美すぎてBECKっぽくない。好きだけど。曲は多分Oasisくらい素朴なやつだと思う。
ボーカルの入りがインパクトある曲も多くないから、知らない人(あんまいないと思うけど)で聴いてみる人は“Am I Wry? No”でも聴いてみてくれたまい。