ダークナイトのお話のお話

面白いと思う映画はちまちまあれど、30回も40回も観られた映画はダークナイトくらいのもんなので、絞りカスになるかゴミになるまでgdgdと付き合うことに決めてたりするらしい。

ダークナイトに含まれているはずの物語

ダークナイトはプロットが複雑すぎという指摘は前回取り上げた海外の方の意見に散々出てたわけだけど、実際のところどんな物語があったのか、列挙してみる。

1. バットマンの信念
バットマンゴッサム市に巣食う犯罪者を独断でブチのめして回っている覆面自警市民。犯罪者をブチのめすためには手段を選ばないけど殺しを嫌い、銃持つ犯罪者も銃持つ味方も素手でブチのめしている。ジョーカーに「お前が活動してる限り市民を殺し続ける」と脅されたりそれを実行に移されたり思いを寄せるレイチェルを殺されたりもしたけど、最終的にはジョーカーをあくまでも生かして捕らえることで信念を守り通した。けどゴッサムのヒーローになるはずだったデント検事がレイチェルの死とジョーカーの唆しでトチ狂って下賎な復讐鬼に成り果て、挙句に逆恨みでゴードン警部にまで銃を向ける落ちぶれっぷりを見せられたので、やむなくデントを殺害。市民にいい夢見せるためにデントが市民の心に灯した正義への希望を損なわないために、デントの罪を被って闇に消えたのだった。でもそんな彼も、レイチェルは自分を選んでくれたという幻想を守ってくれる執事とか、一度限りの大罪を見逃してくれる技術者とかに囲まれて辛うじてやっていけるんだぜ、まる。
THE DARK KNIGHT。
2. 市民の動揺
ゴッサム市民は犯罪に敢然と立ち向かうヒーロー、バットマンを歓迎し、それ以上に法の下により正しい正義を行なうデント検事を大いに歓迎していた。が、なかなか捕まらない極悪人・ジョーカーが「バットマンが活動やめない限り市民を殺し続ける」と脅してきたのでデントの説得も右から左でバットマンDISに走り、ジョーカーが「リースを殺さないと病院を爆破する」と脅してきたのでリースに殺到し、ジョーカーが「犯罪者を爆殺しないと爆殺する」と脅してきたので多数決までして犯罪者を爆殺……しそうになったけど、市民の中に辛うじて残っていた良心はリモコン越しとはいえ直接他人の命をその手に掛けることを許さず、ジョーカーの目論見は挫かれたのだった。これが市民の信じたデントの正義だー……と思ったらその裏でデントは既にその正義をかなぐり捨てていた。こんなデントの姿を見たら市民の脆い良心が決壊してしまう! でもバットマンの機転でデントの幻想は守られ、市民は「デントぱねーっす。一方バットマンときたら(r」とか言ってればいいということになった、まる。
THE DARK KNIGHT。
3. デントの堕落
検事として法の下に公正な正義を行ないながら、真っ先に犯罪に立ち向かった男であり警察以上の犯罪制圧力を持つバットマンにも理解を示し、更には正統派イケメンという完璧超人・デントにはレイチェルという恋人がいた。やがてレイチェルとデントは共にジョーカーに捕まり「バットマンが選ばなかった方は死ぬ」というゲームを強要され、結果的にレイチェルは死亡する。バットマンもゴードンも何も失ってないのに自分だけがレイチェルを失った不公平さに悶々としていたデントは、ジョーカーに「公平なんて混沌の中にしかないのぜ?」と唆されて「そっかー仕返しも混沌任せにすりゃ公平じゃん」と閃き、標的の運命をコイントスに委ねる運任せの復讐鬼に成り下がったのだった。その矛先は、自分にはどうでもいいからってレイチェルを見捨ててデントを助けたバットマンと、前から不正警官いるよねって指摘してたのに放置した挙句に自分とレイチェルをこんな目に合わせたゴードンにも向き、最終的にデントはバットマンにより殺害されるのだった。ただの人間が正義を担う、ヒーローになるって難しいね、まる。
THE DARK KNIGHT。

の3つかな? つまり、

  • バットマンがジョーカーの仕掛ける様々な挑発を乗り越えて非殺の信念を貫き、しかし市民の幻想を守るためにそれを破らざるを得なくなる、という話
  • 市民がデントを信じ正しい正義に目覚める一方で、それはちょっとした脅しで揺さぶられる脆いものであるため、それを守る手立てが必要だった、という話
  • デントが検事として成果を挙げていく中で正しいヒーローとして認知され始めるも、結局は人間であるがゆえに挫かれてしまう、という話

の3つを通して、確かな正義の存在と、しかしそれが行なわれることの難しさと、そんな中でのフィクションとしての一つのヒーローの在り方を描いたのがダークナイトの物語、という感じだろうか。

■1. バットマンの信念

バットマンは殺しを禁じたヒーローである」という前提は、ダークナイト中のバットマンの物語においてかなり重要な位置を占める。
それはビギンズで提示されたものではあるけど、ビギンズのラストは「一度は助けた命だし、その恩も仇で返されたし、直接手を下すわけじゃないし……いいよね?」的に悪人を死なせてしまうものだったわけで、「バットマンは非殺のヒーローだ」と表現できてたかというと、微妙。そうでなくてもダークナイトはビギンズとは一線引いて仕切り直してる感があるので、ビギンズは考慮しないほうがいいかも知れない。
バットマン初登場シーンにおける、銃を持った味方を先にブチのめし、銃を持った敵も素手で叩きのめして縛り上げて去っていく姿を見れば、とりあえず殺しはしないし武器もあんまり使わないヒーローであるらしいことは分かる。ただまぁ「なんで殺さないの?」っていう部分に関してはビギンズを見ない限り特に描写はないし、その信念がどれほど強いものなのかを表現するシーンは「バットポッドでジョーカーに突進していくけど避けちゃうシーン」と「レイチェルを殺されたけどジョーカーを殺さずに捕らえる終盤のシーン」の2つしかない。しかも、前者は本来ならこの時点で「バットマンは強い非殺の信念を持っている」「にも関わらずジョーカーだけは殺さねばならないと判断した」という描写を終えていないとまともに意味を成さないシーンなので、ちょっと間に合ってない。ダークナイトにおける名シーンの一つと言われるバットポッド特攻シーンが実はドラマとしてあんまり機能してないという点は、何となくダークナイトの問題点を象徴してるような気がしてしまうすな。
おまけに作風(とそれにつられたブルース・ウェインのキャラ)が理屈っぽいせいもあってレイチェルとの恋模様もなんだか上っ面な感じで、レイチェル死んだら一応落ち込んだりもしたけれどジョーカーが犯罪予告したら私は元気ですって感じだったし、要するにレイチェルを失ったって出来事があんまり「にも関わらず殺さない」って展開の前振りとして機能してない印象もなくもなく。
とはいえ、レイチェル抜きにしても殺しの限りを尽くしまくったジョーカーをそれでも生かして捕らえる段になるとようやく「ああ、バットマンは意地でも殺さないヒーローなんだな」と充分に理解できるし、ジョーカーもわざわざセリフでそれを強調してくれるので、最後の「にも関わらずデントを殺害する」シーン直前にはギリギリ前振りが間に合っている。こっちはセーフ。
ただその後、バットマンが市民の幻想を守ろうとする一方でアルフレッドがバットマンの幻想を守っている的な演出あったけど、結局のところバットマンはレイチェルが実はデントを愛していたと知ったらどうなってしまうのかって、全然分からんよね。演出が上手いから凄く重要そうに見えるけど、冷静に考えると今から真実を知ったところでバットマンがどうこうなるとも思えないというか。どうにかなりそうな描写ないじゃん、全然。

■2. 市民の動揺

ぶっちゃけ、ダークナイトにおける市民の描写はある一点を除けばそれほど大きな問題はないし、その一点のせいでダメダメになってしまった感がある。
その一点ってのが「デントとの関係」で、つまり市民の話をデントと切り離せば「市民はジョーカーに脅されて無様に右往左往したりもしたけれど、土壇場で消極的ながら良心に基づいた英雄的な選択をして漢気を見せたったぜー! お陰でバットマンも勝ったぜー! っしゃーおらー」という話として、つまりは「一般市民は恐怖に怯えたり誘惑に駆られたりもするけれど、奥底には筋の通った良心を持っていて悪を挫くことだってできるんだ」的に割と綺麗に完結している。
そこにジョーカーが「でもそれってデントのお陰じゃんね」とか言い出して実はデントの物語と密接に関係していたことが発覚すると、途端に
「え、市民にデントの正義が浸透していく描写なんてあったっけ? ああ、なんか説明台詞が一言二言あった気はするね」
「じゃあジョーカーに右往左往させられてる間、市民はデントをどう思ってたのさ」
「そもそもあのフェリーシーンで、市民はジョーカーの恐怖とデントの正義の間で葛藤なんかしてないよね。あのシチュエーション自体がもたらす葛藤に悩んでただけで」
という話になってきてしまう。
まぁ、フェリーのシーンは逆にシチュエーション自体の葛藤だけで共感できるものだからこそ名シーンと呼ばれているような気もするけど、それだけにあそこからデントの話に繋げるのは割と厳しい。バットマンが「彼らは押さない!」とか言った時、なに無根拠な希望的観測ブチ上げちゃってんのこの人とか思わなかった?

■3. デントの堕落

デントに関しては、これまで散々書いた「デントの影響が市民に及んでた描写の少なさ」を除けばそれほど問題はなさそうな。バットマン=ウェインと違ってレイチェルとの恋模様的なアレもそれなりに描かれてはいたし、まぁ例え描写が足りなくてもあの無音で悲しむシーンを観れば「ああデントは大変なものを失ってしまったんだなぁ」となんとなく感じられるのでよいんじゃなかろうか。
ただ、結局レイチェルを失っただけでは行動に及ばなかったデントはジョーカーに唆されて初めて行動を起こすわけだけど、あの辺りはイマイチな気がしないでもなく? レイチェルを殺した連中への怒りと、自分の忠告に反論した挙句この事態を招いたゴードン(と多分バットマンも)への八つ当たりじみた憤りはジョーカーに会う前からあったわけで、あとデントがトゥーフェイスになる上で必要なのは「運任せなら他人の命を奪える」という発想だけなわけだけど、それを引き出すための勧誘の言葉としてはジョーカーの台詞は遠回しすぎたよなぁ。
あとは、監督の作風なのかトゥーフェイス化した後もスタイリッシュな上に理屈っぽいままなので、実のところ物凄く感情的である種ガキくさい落ちぶれ方したのが分かりづらいのは、狙い通りなのかそうでもないのか……。

■4. ジョーカー

いや、上ではリストアップしなかったけど、一応最重要だし的に取り上げてみる。
ダークナイト」でのジョーカーは、犯罪行為とそれが相手にもたらす状況のみをモチベーションに犯罪を働くそれこそパトレイバー2の柘植みたいな奴*1で、立ち居振る舞いも含めてキャラクターとして魅力的な一方で物語の部品としてはほとんど災害に近い形で機能する。ジョーカーの用意する状況にバットマンやデントが振り回されるジェットコースター的な展開から正義の曖昧さや困難さを浮かび上がらせているのがダークナイトの作風であって、そういう意味では前述したような物語としての瑕疵はそれほど問題でもないのかも知れない……ってそんなわけないか。まぁ、「正義」代表として振り回される役なのでダークナイトバットマンに「頑なな正義の徒」以上のキャラ付けがいらなかっただろうってのは前に書いた通り。
前述の通り「災害」同然なので、ジョーカーの理不尽な無敵っぷりを指摘してもしょうがない。「ジョーカーが何故ことごとくバットマンらに先回りして犯罪を行なえるか」なんて全然重要じゃねーんだもの。それは所詮『ダークナイト』に固有のローカル極まる話であって、そこに説得力があったところでダークナイトにおいて大した意味はない。交通事故に遭った時の対処法教則ビデオに「事故シーンの迫力が足りない」とか言ってるようなもんで。
ジョーカーの評判がいいのは、まぁ実際ヒース・レジャーがいい演技してたのでそこも大きいとは思うけど、それ以上に存在意義が物語の流れと切り離されてるからダークナイトの欠点の影響を免れたおかげってのもありそうな気がする。作中でただ一人ジョーカーだけは最初から最後まで何も変わらない。まさに災害。

■まとめると

  • バットマンは「殺さない」という一線が物語の鍵になっている割に「殺さない」という信念の描写もそれが揺さぶられる描写も足りていない。
  • ゴッサム市民の顛末それ自体は問題ないけど、それがデントの影響を受けているとする終盤の展開は無理がありすぎる。
  • デントは最後の心変わりがどうして起きたか分かりづらい。
  • ジョーカーは災害。

という感じだろうか。

■というわけで

ダークナイトって割と物語スカスカじゃん?的なことを書いてみた。個人的に割と重要なストーリーラインだと思う部分を取り出して、そこに説得力を持たせるだけの描写なかったよねみたいなことをツラツラと書いたわけだけど、現実には映画ダークナイトは現代の正義と悪を浮き彫りにした作品として割と広く認められてたりする。てか、俺もこんだけ書いた今でもそういう作品として充分魅力的だと思ってる。まあ単純に特撮ヒーロー物として格好良いと思ってるってのも大きいんだけど。
で、これは俺自身もそう思ってるし前に訳したflickchartでのダークナイト評でも書かれてたことだけど、ダークナイトは名シーンの寄せ集め的な性格がかなり強い。一応最初から最後まで通した流れはあるんだけど、その流れは今回書いた通り割とボロボロだったりするわけで、充分ではない。
なんだろ、その状況の列挙自体が、ある種の印象を与えたりメッセージを提示したりするのに充分だった……んじゃない?(適当
実際、ダークナイトは個々のシーンを素晴らしく魅せるという点ではかな〜りレベルが高い、と思う。まぁ当然その中にはヒートやら旧作やら何やらを参考にしたっぽい部分が存分に含まれていたりするわけだけど、今回も含めてダークナイトのドラマが駄目っていう特徴の象徴として何度も取り上げてるバットポッド特攻の顛末とか、絵的に超美しいし、何の積み重ねもなくてもあんだけ破綻してても「ジョーカーはバットマンの「殺さない」という信念を試した。バットマンは最終的にはそれに乗らず、窮地に立たされた」って見えるわけじゃん。まあちょっと醒めたら「避けるならなんで突っ込んだのww」って思うけど。
それが映画としてアリなのかナシなのかは、俺は保留しとく。

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*1:いや、あっちはそこに至る動機は描写されてたけど。